英語の先生だけ負担が増える

朝日デジタル

文部科学省のサイトをみました。


教員というのではなく、学校教育の大きな括りでまず。

4技能バランスよく…ということですが、本来バランスが良い人なんて存在しません。

私は文科省とは逆の考え方です。

「読む」のが得意なら、得意なほうを伸ばして、苦手なほうを引き上げる…という普通の子育て学習指導と同じように考えたほうがいい、日本人の語学力の特質として「読む」は強いを強化したほうがいいのではないかと。
それから、リスニング「聴く」の体験が少なすぎる。
それは、母語日本語でも同じです。
文字情報に頼りすぎているので、人の話しをちゃんときいていません、また、「(印刷物)を読んでおいてね」ときちんと話さないことも多く、説明も読み上げだったりします。

また非母語でありながら英語を使う国・地域では、テレビなどの大きなメディアで英語チャンネルがあったり、英語は吹き替えなしであったりします。日常的に英語を耳にする機会がたくさんあります。
文字がわからなくても英語や近隣言語がわかる人たちもたくさんいます。やはり「耳から」はとても大切です。

さて、タイトルですが、なぜ英語科の先生だけがこういうことになっているのかが不思議です。他教科の先生も英語ができるようにならないとグローバルな体質が作れないと思います。留学等の書類を書くのは英語科の先生、ALTと交渉するのも英語科の先生、グローバル化の落とし穴に気づいていないと感じます。




坪野和子☆世界の音楽☆世界のことば

2016年からネット発信スタイルを変えてみようと思います。天職である音楽と転職で勉強中の言語を中心にきままに生真面目に書き綴っていきます。

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